葬祭コーディネーター


     父が亡くなったのは、海が見える病室でした。
     悲しみにくれながらも、葬儀の準備を始めなければなりません。母が決めていた葬祭場に電話をすると、Mさんという担当の方が対応してくださいました。
     やさしい声で、病院に迎えに来られることを告げ、これからの段取りを説明してくれました。Mさんは、まず、病室に来られ、やさしい物腰で、私たち家族の気持ちに寄り添いながら、これから始まる父の人生の締めくくりを演出すべく、私たちの意向を、最高に尊重しつつ、色々なことをてきぱきと決めていきました。

     その頼りがいのあることといったら・・・・まるで、病気の時に、安心できるドクターに出会ったごとき気分です。決して、事務的にことを勧めて行くのではなく、常に遺族の気持ちに寄り添う。遺族は、悲しみと言うハンディキャップを負っています。ハンディキャップをカバーしつつ、ことを的確に進めていく必要がありました。

     Mさんは、長身の40代くらいの男性でしたが、なんとたのもしくありがたかったことでしょう。
    何しろ、喪主側の家族を経験するのは初めて。こういうお仕事がどれほど重要で、その人物のコーディネートのよしあしで、家族を送ることの印象深さも変わっていくものだと知りました。

     「昔は、すべて家でしていたのよ。”送り人”(もっくんが演じた納棺士の物語)なんて、わーわーさわぐことではないのよ。昔は普通に家族みんなでしていたのだから・・・」

     といつか言っていた母。その頃は、直接死者とは関係ない回りの人々が、葬儀をささえ、遺族を助けていたのでしょうね。 今となってはすごいとしか言いようがないけれど、あかの他人のコーディネーターが、先導役を務めて、無事最初から最後まで家族を支えてくださるのも、同様に、すごいことだと思いました。

     何度もお葬式に足を運んだことがあるくせに、葬祭コーディネーターのすごさに触れるのは、初めてでした。

    Mさんどうもありがとう。

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